2014年7月25日金曜日

『農家のかあちゃんのおいしいごっつぉ』津南マミーズ~新潟仕事人vol.18


今回ご紹介するのは、津南地域の
『農家のかあちゃんのおいしいごっつぉ』を
届けてくれる、素敵なマミーズたち☆


その名も、
“特産品開発研究会 津南マミーズ”☆

おおもとのきっかけは、
新潟県農村地域生活アドバイザー(※1)さんたちの
集まりでした。

2012年、大地の芸術祭で、
期間限定「農家カフェ」をオープン。
その後、任意団体として発足。

現在のメンバーは5名。
地元のおいしい食材を知ってほしいという想いで、
手間を惜しまずひとつひとつ手作りにこだわって、
昔ながらの知恵をいかした商品をつくっている、
津南の農家の女性グループさんです。




(※1)
<新潟県農村地域生活アドバイザー>
自ら農業経営に取り組むとともに、農村女性の経営参画・社会参画及び担い手育成等の促進に意欲を持ち、農村地域の活性化に貢献できる方を、市町村長からの推薦により知事が認定します。

http://www.pref.niigata.lg.jp/keieifukyu/1204823742885.html


今回、お話を伺ったのは、
津南マミーズの田中さんと、大関さん。
そして、津南町地域振興課の福原さん。

別日ですが、代表の尾池さんも、
白い割烹着姿で登場してくださいました。
あったかい雰囲気のかあちゃんたちは、
ネスパスイベントでも大人気☆★☆




「津南マミーズは、料理が好きな、
 田舎のかあちゃんたちの集まり。

 農家や、主婦業をやっているからこそ、
 作れる家庭料理があるはず。
 美味しいものはたくさんあるけれど、
 外食ばっかりじゃあきてしまう。

 飽きのこない、津南らしい、
 津南の素材を使ったものを、
 お届けしたいです。

 これは、まだまだ先の話、いつかの目標ですが、
 津南の素材を使った加工品を作ることで、
 津南の食材・農産物の、消費拡大のきっかけ、
 ひとつのステップへと、つながったら嬉しいと思って、
 活動しています。」





「メンバーの自宅を加工所に改築して、
 商品を作っています。
 パッケージも、自分たちで考えてね。

 いいものを作っている自信はあるけど、
 手に取ってもらえるパッケージにしないと、
 食べてもらえんからねぇ。

 また、無添加、保存料不使用にこだわっているので、
 美味しさには自信がありますが、
 輸送や保存・・・流通させて、売ることの壁が、
 やはり大きく感じ、まだまだもがいているところ。笑」


つくることと、売ること。


「もともと、食楽園(ネスパス1F常設物販店)には
 商品を置いていただいているんですが、
 実際に売り場に来て、良かったです。
 
 ビンものはうれないだろうと思ってきたけど、
 意外に売れ行きがよかったりとか、
 お客様の求めているものが、よく見えました。

 実際に接客もしてみて、
 意外だなって思うこともたくさんで。

 年齢層、健康意識もよくわかったし、
 それに、対面販売で、お話しながら売れば、
 良さを分かってもらえて、
 値段も見ずに買っていかれる方も多くて。

 こだわっている分、お値段は落とせないので、
 地元では「高いよ~」って言われるけど、
 東京(ネスパス)だと、印象が違うんだなって。」



津南には、様々な美味しいものがありますが、
その中でも、使った食材(えごまやゴーヤなど)には、
なにか理由があるのでしょうか?


「みんな農家のかあちゃんだから、
 自分たちの周りでとれたものを使っていることが
 多いでしょうか。

 雪下にんじんやアスパラ、大根・・・
 津南の美味しいものはたくさんあるけど、
 雪下にんじんだとジュースとかゼリーとか、
 そういうものは既に出回っていますし、
 開発していきたいと思ってはいるけど、
 まだこれから。

 例えば、『えごま』は、知り合いの〇〇さんが
 作っているんですが、実は、津南では、
 縄文の時代から食べられていたという説(※2)も。

 ですが、手間もかかる作物なので、
 作っても自家用だったり、やめてしまった農家さんも。
 だけど、昔から地域にある作物の、種を絶やさず、
 残していくことにも、意味があると思います。

 津南町(行政)の支援・取組みもありますが、
 普通の農家が作り続けるには、
 えごまが必要とされる環境が必要です。

 えごまを使った商品が売れれば、
 えごま作りも続ける理由が出来るんじゃないか。

 そのきっかけのひとつに、
 マミーズの商品がなったら。

 まだまだ、もがいている段階なので、
 いつかそうなればいいな、の話ですけどね。笑」



(※2)「えごま」は、長野県などの遺跡から実やクッキー状炭化物の中から見つかっていることから、縄文時代から食用として利用が確認されています。
新潟県内(津南町も)では、残念ながら未だ発見はされていませんが、江戸時代、津南町や秋山郷において、栽培されていたことが検地に関する資料から読み取ることができます。
「えごま」は、絞ることで油をとることができるため、盛んに栽培されました。
 このようなことから、津南でも縄文時代から「えごま」が食用として利用されていたことが推測されます。



津南町、って、どんなところ?


「なんといっても、雪国。

 雪が溶けた瞬間から、
 冬の心配がはじまります。笑

 だけど、冬バージョンの生活が
 あるからこそ生まれる、生活の知恵が、
 代々、受け継がれてきました。

 冬の間食いつなぐために、
 どう食品を保存させたらいいか。
 漬けたり、乾燥させたり・・・

 だけど、今は、スーパーがあって、
 コンビニがあって、冬への備えも、
 そう必要なくなりました。

 今の60代以上の人たちが、
 先人たちから受け継いだ様々な知恵、
 それを知り、身に付け、
 商品に活かしていきたいです。

 この、ゴーヤの佃煮も、
 結局は、農家の保存食の発想。

 津南の、というか、田舎のおかあさんって、
 本当に、食品をあますことなく使い切る。

 ゴーヤも、一時期に大量に出来ちゃうから、
 それをどう保存すればいいか、って、
 農家のおかあさんが始めに考えるのが、
 『佃煮』ってわけです。

 田舎の家庭料理、おかあさんっぽい商品でしょう?笑」





津南の元気なかあちゃんたちが思うのは、
津南の次の世代のことでした。



◆◆◆


ちなみに、スタッフTのお気に入りは、
「雪国うまれのゴーヤくん」。

ゴーヤの苦味が程よくて、食欲のない夏でも、
ごはんがすすみます!オススメ!!
ネスパス1F食楽園でも販売中の商品です(^^)♪


津南マミーズがつくる、
雪国の農家のかあちゃんの味、
ぜひお試しくださいね~☆

2014年6月25日水曜日

「新潟県の繊維企業×クリエイター マッチング会」が開催されました☆



『新潟県の繊維企業×クリエイター マッチング会』が、
ネスパス3Fにて開催されました。
(主催:新潟県 産業労働観光部 産業振興課 地域産業係)



1つの企業さんとクリエイターさんを引き合わせる
マッチングはこれまでも行ってきましたが、
今回は、初めての、<複数 対 複数>のマッチング。




新潟県内には、様々な地場産業があります。



織物では、

◇十日町・・・伝統的な商品からプレタきものまで
◇塩沢・・・ユネスコの無形文化遺産「越後上布」
◇小千谷・・・ユネスコの無形文化遺産「小千谷縮」
◇亀田・・・昭和初期に途絶えた「亀田縞」復活


ニット(織物)は、

◇栃尾・・・横編み、丸編みなど特色ある製品を生産
◇見附・・・独自ブランドやコラボなども展開
◇五泉・・・有名ブランドOEM生産など、国内有数のニット産地


金属製品では、

◇燕・・・金属洋食器の国内生産95%を占める
◇三条・・・刃物、利器工匠具、作業工具の国内有数の産地



などなど・・・


主催の新潟県産業振興課地域産業係では、
ビジネスマッチングの他にも、
東京出発・クリエイター向け「繊維業者を巡る、バスツアー」
企画・運営や、補助金制度などで、
地場産業の活性化をバックアップ。


初めての取り組みである、今回のマッチング会でも、
たくさんの企業・クリエイターさんが集合しました♪


お集まりいただいたのは、
約30名のクリエイターさんと、
18社の新潟の繊維関連企業さん。

ちなみに、アパレル業界では、分業化が進んでおり、
生地や布の生産者さんとデザイナーさんが
直接お話をすることは、なかなか少ないのだそう。
貴重な機会に、みなさんうずうず・・・


紹介タイムの後・・・
商談タイムのスタートです!



個人でブランドを立ち上げられた方や、
アパレル企業に勤めるデザイナーさん、
中には、これからブランドを立ち上げたい、
と考えていらっしゃる方・・・。

多種多様なクリエイターさんと、
ものづくりやクリエイティブを陰で支える、
新潟の繊維産業作りのプロフェッショナル。

今後の展開を、会話の中から探っていきます。


 

商材も、個性豊か。





クリエイター・デザイナーの方々からは、


「素材や生地を、一度に見られる機会はあまりなく、
 とても貴重な機会でした。」

「次は、工場へ足を運んでみたい。」

「きっかけ、次につながる出会い、
 発見がありました。」



出展企業の方々からも、


「新しい分野の方と出会えたのが、大きな収穫。
 ビジネスとして、ご一緒することができたら。」

「自社工場に来ていただけるお約束をいただいた。
 大変うれしい限りです!」

「商談会は、お見合いみたいなもの。
 このきっかけを、これから活かしていきたい。」


などなど・・・
これからのビジネスの「種まき」の場となったようです。



まだ見ぬ未来の商品が、ここから生まれるかも!?



新潟の繊維産業のことが知りたい方は、
ぜひ、下記連絡先にご一報を(^^)♪


=====================================
<問い合わせ先>
新潟県 産業労働観光部 産業振興課 地域産業係
http://www.pref.niigata.lg.jp/sangyoshinko/1356784390100.html
住所:  950-8570  新潟市中央区新光町4番地1 
電話:  025-280-5243  内線: 2781  ファクシミリ: 025-280-5508  
電子メール:  ngt050030@pref.niigata.lg.jp  
=====================================

2014年6月23日月曜日

“童画のまち 湯沢”パリへ!~『越後湯沢童画作品展』@ネスパス

湯沢町といえば、どんなところ?

新幹線からのアクセスも良く、
冬には多くのスキー客が訪れる、
ウィンタースポーツのメッカ。
上越新幹線も、冬場は 越後湯沢~東京 で
いきなり混みあいますね(^^;)笑


そんな湯沢町ですが、実は、
『文化の香り高いまち』という
町民憲章があります。


川端康成の「雪国」の一説、
“トンネルを抜けると、雪国だった”
という言葉は、湯沢町のこと。

言われてみると、たしかに、
文化の香りがするかも!

さらに湯沢町は、『童画のまち』でもあるって、
みなさんご存知でしたでしょうか?

なんと今年は、フランス・パリでも展覧会が開催され(!)、
期間中、フランスを訪れていた安倍総理も、
童画展をご覧になったそうです。



ネスパスでも、2014年6月に凱旋展を開催。

ご来館者のみなさまも、
「ほっこりするね~」「なんだかなつかしいね~」と、
楽しんでいらっしゃいました♪

 

◇

しかし、どうしてパリで?
どうして、湯沢は「童画のまち」?
色々気になるので、湯沢町公民館長の
岩崎館長に、お話を伺ってきました!


※「童画」とは、純粋素朴の童心を基調とした、
絵画性、文学性、叙情、物語性と渾然一体となった、
子どものための絵画のジャンルをさします。

◇

---どうして湯沢町は「童画のまち」?


日本童画の父、故 川上四郎氏(長岡出身)が
晩年を過ごしたのが、実は、湯沢町。

このことがきっかけで、湯沢町は
「童画のまち」としてまちづくりを推進しています。

そして平成5年、公民館の職員(湯沢町教育員会)から、
川上四郎氏のことをもっと世に出そう、と、
声を上げたのをきっかけに、“川上四郎原画展示会”が、
湯沢町公民館で開催されました。

この取り組みが、平成8年に開催された
「第一回 越後湯沢 全国童画展」のはじまり。

童画展では、一般公募の童画作品コンテスト優秀作品の発表、
川上四郎氏の童画作品の展示の場として、
「越後湯沢 全国童画展」は、湯沢町に根付いてゆきました。

なんと、来年、平成27年度には20周年を迎えるのだとか!





---どうして、パリで展示会を?

(岩崎館長)
「『越後湯沢 全国童画展』の第一回目から、
 審査委員長をつとめてくださっている、
 長岡造形大学・理事長の豊口 協 先生。

 そして、豊口先生の大学の後輩で、
 1年の3分の1はパリで過ごす、
 ジャーナリストの竹原あき子さん。

 このおふたりのお力がなければ、
 パリでの展示会はありませんでした。

 豊口先生には、
 『湯沢の童画は宝だから、もっと外にPRしていかなきゃ!』
 と、ずっと言っていただいていたんです。

 豊口先生から竹原さんをご紹介していただいたのをきっかけに、
 普通では考えられないほどトントン拍子で、
 パリでの展示会の段取りが進み、開催することができました。

 予算もない中、役場の職員が、展示会用ムービーを自作したり、
 翻訳や手続きの関係は、竹原さんがかなりバックアップしてくださって。
 ほんとうに、色んな方のご理解、強力なご協力があって、
 開催することができました。

 『湯沢の童画』がもっと浸透するように、
 たくさんの方に見ていただければと思います。」




---童画の魅力って何ですか?


「童画の魅力は、なんといっても
 “なつかしさ”だと思います。

 なつかしい日本の風景、叙情が、童画からは
 伝わってきます。
 私は実際にパリの展覧会には行っていませんが、
 パリでも、「フランスにはない作風で心を打たれた」と
 言っていただき、好評だったと聞いています。

 湯沢以外の方にも「なんだか懐かしいね~」と
 喜んでいただけますし、湯沢の人間としては、
 やっぱり湯沢らしさのある風景がある童画は、
 嬉しくなりますね。

 どれも素敵ですが、やっぱり、イチオシの作品は「つらら」。
 これは、川上さんの自宅の窓から見える風景。

 今は、そのおうちはなくなってしまいましたが、
 実際に見えた風景をイメージして描いた風景、
 実際の風景とは違っているといいますから、
 それも面白いですね。

 実は、川上さんも作品の中にいらっしゃるんですよ。
 ほら、手前で絵を描いている人・・・」
 



---童画を通じた様々な出会い。


(岩崎館長)
「また、パリでの展覧会には、これまでコンテストに
 応募してくださった方々もいらっしゃって。

 コンテスト応募者の中には、
 プロの作家になられた方もいらっしゃいますし、
 様々な人生があります。
 母娘でパリの展覧会に訪れてくださった方は、

 『この絵は、私たちの父が描いたんです。
  父は昨年、他界してしまったのですが、
  パリで展覧会を開催するのが、
  父の夢だったんです。』
 
 私、もらい泣きしちゃいました。笑

 これまで18回コンテストを開催して、
 5645点の応募がありました。
 現在、湯沢町で保有する童画は、640点ほど。
 すごい宝ですよね。

 これらの財産を活用して、
 町内のホテルや病院、駅、公共施設などで、
 「まちなか美術館」として、展示を行っています。

 来年、20周年を迎えるとはいえ、認知度に関しては、
 まだまだ充分とはいえないのが正直なところ。
 これからですね。」 

スタッフのみなさん、お疲れ様でした☆


 
☆今後の展示会情報☆
 

凱旋展は、今後は新潟でも開催されますよ~☆


■湯沢町公民館    2014年7月1日~7月13日
http://www.town.yuzawa.niigata.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=1125

■新潟ふるさと村  2014年11月上旬頃(予定)
http://furusatomura.pref.niigata.jp/


ネスパス館内にも、川上四郎氏の作品(レプリカ)が
飾られることが決定!(設置場所は現在調整中・・・)

2FのUターンセンターにも、川上四郎氏作「えんそく」の
レプリカが飾られることになりました。
きっと、訪れる求職者の方や相談者のみなさんのこころを、
優しく包んでくれるはず。



凱旋展で、ネスパスで。
ぜひ、童画の世界に触れて、
ほっこり気分をお持ち帰りください(^^)

2014年4月16日水曜日

表参道をお米参道に!?/『表参道ごはんフェス』実行委員長 平井巧さん~新潟仕事人vol.17



2014年春。

田植えシーズンを目前に、日本一ハイセンスなまち(!?)表参道と、新潟の代名詞でもある〝お米〟が、面白く楽しくコラボしたイベントが産声をあげました。

その名も、


『表参道ごはんフェス』!!!!!!!
http://gohanfes.com/
https://www.facebook.com/gohanfes


ネスパス3Fにて新潟のごはんとごはんのおともを楽しめるイベント〝うますぎる新潟!もりもり表参丼〟が開催された他、表参道・原宿エリアの別会場で、物産販売Okome de Mise、ワークショップ、トークライブや飲食、アートまで、4日間にわたりお米にまつわる楽しい企画が実施されました。新潟からは米袋をリデザインしたアイテムで人気の南魚沼米袋研究所(M.u.k.Lab)さん、佐渡の朱鷺と暮らす郷さん、雪輝屋さん、三条のデザイン会社muku.さんなどが登場。



「日本人にとってごはんは、今は、空気みたいな存在。
 食卓からごはんがなくなる、国産のごはんが手に入らない、
 なんてことは想像できないんじゃないでしょうか。

 だけど、20年後30年後。
 もしかしたら海外産の安いごはんが、
 日本の食卓の主流になっているかも。
 そんなことが、現実に起こり得る時代です。

 そんな今だからこそ、眉間にしわを寄せて
 「ごはん離れが~…」というのではなく。
 ごはんとの楽しい体験、美味しい体験を通じて、
 ひとりひとりがそれぞれに、
 ごはんに向き合う気持ちがもてる、アクションにつながる、
 そんな心動かされる場を提供したいんです。」


そう話してくれたのは、表参道ごはんフェス実行委員長・平井巧さん。

平井さんが、食、そして〝お米〟に興味をもったきっかけ。
それはなんと、我らが新潟県にあるとのこと(!)

一体、新潟の何が、平井さんを表参道ごはんフェスの実施へと、
突き動かしたのでしょうか?
お話を伺ってきました。



◇◇◇


---『食』との出会いは新潟県!


「出身は東京。高校時代は数学に興味があり、
 新潟大学の理学部数学科に進学しました。

 新潟で、知らない土地での一人暮らし。
 スーパーに行けば、
 「あぶらあげ、なんでこんなに分厚いのっ!?」
 って驚いた。笑

 知らない食材がたくさんあって、面白かった。
 しかも、美味しいし。

 それに、友達に料理を作って
 「おいしい!ありがとう!!」って言われるのも、
 嬉しかったんです。

 それで、ゆくゆくは食に関わる仕事、
 具体的には、東京で飲食店をやりたいなと
 考えるようになりました。」




---数学から、食へ。大きな方向転換ですが、
料理の勉強はどのようにされたのでしょうか?


「それが、僕の料理スキルは自炊程度なんですよ。笑

 僕の仕事は、食をエンターテイメントにすること。
 肩書はトータルフードプロデューサー。

 つくる方ではなくて、フードイベントの企画や、
 キャスティング、セールスプロモーション・・・
 総合的に食をプロデュースする、ということを
 やっている人間です。」


---食を、エンターテイメントにする。
この方向から食に関わろうと思ったのは、
一体どうして?


「実は大学卒業後、東京の広告代理店に就職しました。

 いつかは飲食店を、と思っていたものの、
 自分はまったくの畑違いで生きてきた。
 広告代理店は、会社や業界のことを
 深く知り、課題に対して手助けをするお仕事。
 食の業界、企業にも関わる機会もあるだろうし、
 独立を考えていたので、勉強になるなと思って。

 実際に、食に関わる企業やプロジェクトに
 関わることもできました。
 その後、30歳手前で独立のために、退職。

 でもまずは、飲食の世界を知りたくて、
 飲食店のバイトをかけもちしたんですね。

 その中で、たくさんの食のプロフェッショナル、
 シェフだったり、ホールだったり、
 それはもう素晴らしいプロに出会ったんです。

 一回りも年下の子が、自分にはできない、
 ものすごい技術やサービスを持っている。
 当たり前なんですが、
 『これは、かなわないな』 
 と思いましたね。



 だけど、複数のお店で働いたからこそ、
 見えてきたものもありました。

 飲食店で働く人の多くが、
 いつも同じ場所で、同じ箱で、
 同じサービスをすることに対する、
 もやもや、悩み。
 こういったものを共通して抱えていた。

 このもやもや、課題を解決するために、
 彼らがイキイキと働ける場を提供したい。
 それが、広告代理店を経験した自分が
 できることなんじゃないか。

 それで、〝うたう料理団〟という
 クリエイティブユニットを結成。
 それまで出会った食のプロたちと一緒に、
 イベントを開催する活動をしたり、
 イベントを企画したり人をキャスティングしたり、
 プロデュースという面から、食に関わっています。」



---新潟との関わりについて。


「新潟は食や人、風土がいいし、なにより広い大地、
 ずーっと広がる水田の風景は、たまんないですね。

 学生のころは学生生活として新潟を楽しんでいたけど、
 一旦新潟を離れて、仕事として新潟と再び関わりはじめて、
 さらに愛着が湧きました。

 仕事として新潟に行くようになったのは、
 水と土の芸術祭に、DAIDOCOさんのお手伝いとして、
 参加させてもらったのがきっかけです。

 ちなみに、DAIDOCOさんは新潟のフードユニット。
 過去にネスパスでもイベントを開催してくださいました。
 http://nespace.blogspot.jp/2013/12/daidocovol14.html

 このときは、新潟の人に新潟の野菜を知って、
 食べてもらいことを目的とした料理教室の開催を
 お手伝いさせていただきました。
 恵比寿の有名店のシェフをイベントに呼び、
 新潟の野菜を、タダフサ(三条の金物メーカー)の
 包丁を使って、作ってもらう料理教室でした。

 意外にも、ずっと新潟に暮らしている人ほど、
 燕三条が世界的な金物産地だってことを
 知らなかったりするんですよね。
 まずは、住んでいる人に新潟のことを知ってほしくて。

 新潟には、感度が高い人たちが多い。
 すごいなって思います。
 一方で、自分たちの魅力に気づいていない人たちもいます。

 新潟県民は、頼まれれば餅をつきに行く、
 なんて言葉もあるくらい、東京が好きだと言われます。
 たしかに、東京を見ている人も多い。

 だけど、自分たちの地元の魅力、
 もっと足元にいいものがいっぱいある。

 水土の料理教室のテーマも、実は同じでした。
 新潟県で新潟県の人のために、新潟の食材を紹介することで、
 足元にあるいいものに、地元の人が気付く、
 そんなきっかけを提供できたら。」


ちなみに、南魚沼米袋研究所は、南魚沼のお母さんたちの団体。米袋でアクセサリーやバッグを作って販売しています。
「お母さんが元気でいたら、家庭が明るくなって、そしたら地域が明るく元気になるでしょ?」と、お話ししてくださいました。なんてキュートでパワフルなママさんたち!
新潟には、こんな風に元気でキラキラした人たちがいっぱいいます。
https://www.facebook.com/m.u.k.lab.komebukuro?ref=stream



---そして、表参道ごはんフェスへ。

「ワインの祭典、ボジョレは日本でもかなり定着しました。
 このボジョレ並みの祭りを、お米でもしたいですね。

 表参道で開催することにした理由は3つ。

 ひとつは、小池精米店さんが表参道でお米屋さんをしていること。

 ふたつめに、表参道って実は昔、水田地帯で、
 現在も〝穏田〟って地名があるくらい、のどかな場所だった。
 それなのに今は、そんなこと想像もつかないお洒落なまち。
 このギャップが面白いな、と思ったんです。

 さいごに、情報発信という観点。
 表参道は日本だけでなく海外からの観光客も多い場所。
 外国人観光客にもリーチしやすい場所が、
 表参道なんじゃないかな、と思っています。」



---『表参道ごはんフェス』が、目指すものとは?


「僕、表参道を〝お米参道〟にしたいと思っていて。

 水田を復活させて、おいしいごはんをたくさん
 食べてもらって・・・
 表参道にコンバインを走らせるのもいいですよね。
 そんなお米の一大イベントで、
 ごはんやお米を取り巻く環境を盛り上げたい。」


持っているのは、栃尾のあぶらげのうま煮です。

食をエンターテイメントにすることを
仕事に選んだ平井さん。
そのきっかけは、新潟県の美味しい食材に触れた経験。

だれかが作った美味しい食材が、
ひとりの人間を動かして、
大きなうねりとなっていく。
そのスタートに立ち会ったような気がして、
とても嬉しい気持ちになりました。

新潟の農家さ~ん!食品の製造者さ~ん!
あなたたちがきっかけで、表参道では今、
こんなことが起こっていますよ~!!!

と、声を大にして伝えたい気持ちでいっぱいです。

そんな平井さんに、
『新潟の食べ物で一番好きなものは?』
と、イジワルな質問をぶつけてみました。


「新潟で一番好きな食べ物・・・
 いっぱいある・・・食材?食べ物?

 あぶらあげ、食に興味を持たせてくれた〝お米〟、
 ビールより断然好きになった〝日本酒〟、
 新潟の食材として一番好きなもの・・・

 決められない・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 これはでも・・・・・・

 いや、やっぱり!


 新潟大学前の『まんにんや』のラーメン!!

 水土の時も、わざわざ電車に乗って、
 食べにいったくらいです。
 大学の風景とか、思い出とか、あいまって、
 ノスタルジックな気持ちになっちゃって。笑」




◇◇◇

どんなに美味しいフルコースも、
それを食べながら抱いた感情次第では、
もう見たくも食べたくもないものになる。

たのしい記憶。
おいしいと思った経験。

これに勝るマジックスパイスはありませんよね。


もうひとりの実行委員、大場さん(右)と平井さん。大場さんも実は、新潟出身!
(写真がブレブレですみません・・・)



新大前のまんにんやのラーメンが大好きな平井さん。

そんな平井さんだからこそ、表参道ごはんフェスは、
多くの人に〝楽しい記憶〟をつくっていくんだろうな、
そんなことを思いました。

次回は、お米の収穫の時期に開催予定!(詳細未定)とのこと。
“楽しむこころ”と元気な胃袋を準備して、
私も次回の開催を期待しています☆★☆


平井さん、ごはんフェス実行委員会のみなさん、
ありがとうございました~!




<表参道ごはんフェス>
http://gohanfes.com/
https://www.facebook.com/gohanfes

2014年3月25日火曜日

映画『夢は牛のお医者さん』親子試写会☆

2014年3月21日、ネスパス3Fにて、
映画『夢は牛のお医者さん』(製作:TeNYテレビ新潟)
親子試写会が行われました。


◇映画「夢は牛のお医者さん」公式HP◇
https://www.teny.co.jp/yumeushi/


※テレビ新潟(映画制作者)からのお願い※
映画に関しての取材やご感想は下記連絡先へお願いします。

≪テレビ新潟事業局企画開発部≫
TEL 025-283-8140 
(月~金9:30~18:00)

※主人公の知美さんは「一般人」です※
現在も子育てを続けながら、日々牛の診療を続けていらっしゃいます。本人への直接取材や訪問は、診療や家庭生活の妨げとなる恐れがあり、実家や牛舎への取材や訪問も、伝染病など衛生管理のうえでも、避けて頂きますようお願い申し上げます。


◇◇◇

本作は、「獣医になりたい」とまっすぐに
夢を追った、新潟県のとある女性(知美さん)の
26年間に密着したドキュメンタリー映画。

もともとは、日本テレビ系列「ズームイン!朝」の
ワンコーナーのがきっかけで、TeNYが取材を続け、
今回、映画化となりました。

会場には、フリーアナウンサーの徳光和夫さんや
TeNY「新潟一番」でおなじみの堀アナウンサー、
時田美昭監督が登場。また、本作でナレーターを
務めたAKB48の横山由依さんもビデオメッセージで登場し、
大いに盛り上がりました(^^)

左から、徳光さん、時田監督、堀アナウンサー


一般公開は、3/29(土)~ポレポレ東中野にて。
新潟では、新潟シネ・ウインドや十日町シネマパラダイス、
高田世界館などにて順次公開予定!

ちなみに、ネスパス1F食楽園でも、~3/28迄、
お得な前割チケットを販売していますよ~!
(通常1,700円⇒ネスパス前割1,300円)





---映画『夢は牛のお医者さん』の魅力。


映画上映後、大きな拍手に包まれた会場でしたが、
この拍手には、2つの意味があるように、
スタッフTは感じました。

ひとつは、主人公の知美さんへの拍手。

もうひとつは、本作を“ドラマ”として
作り込むのではなく、
ひとりの人間の姿と人生を、
ありありと捉え続けた、制作者への拍手。


徳光さんは、本作について、

「知美さんは、テレビに何一つ媚びていない。
 まずこれがすごいよね。

 同時に、26年もの月日をかけて取材を続けた時田監督。
 ふたりの関係性があってこその、作品なんじゃないかな。
 それをテレビ局(TeNY)が後押しすることもすごいし・・・

 なかなかできないことですよ。」




---映画のあらすじ

◇◇◇
児童9名の小さな小学校に、クラスメートとして“入学”した3頭の子牛。運動会に日々のお世話・・・子どもたちと3頭は、楽しい時間を過ごします。しかし、お別れの日がやってきます。そこで行われたのが、“牛の卒業式”。当時小学3年生だった主人公・知美さんは、この経験から、「牛のお医者さんになりたい」という夢を抱きます。

高校生になった知美さんに再開した当時の取材ディレクター(時田監督)は、夢にむかって進む彼女の強さに動かされ、密着取材を再開。様々な試練をクリアして、晴れて獣医になった2003年春。「ズームイン!!SUPER」で知美さんの姿が全国放送され、大きな反響が寄せられました。しかし、知美さんはこう話します。

「夢が叶ったのではない。ようやく夢のスタートラインに立っただけ」

夢には続きがありました。獣医になり、結婚・出産、子育てを経験しながらも畜産獣医を続ける知美さんの「今」の姿を通して、「夢」そして「夢の続き」、さらに「家族・故郷・仕事の喜びと現実」を加えた、ひとりの女性の26年間を捉えた、ドキュメンタリー映画です。
◇◇◇



---“ドキュメンタリー映画”という強み。


あらすじを聞くと、「よくあるサクセスストーリー?」
と思われかねませんが、それはちょっと違います。

なぜなら、この映画が完全ドキュメンタリーだから。
お芝居ではなく、作りものではなく、
全てが現実に起こっていることです。

『こういう風に生きている人が実際にいるんだな、
 これって現実に出来ることなんだな』
これが、生きる勇気になるような。
映画なんですが、報道番組のワンコーナーを
見ているようでもありました。


◇

撮られる側の知美さんは、時田監督を
「カメラを持って時々遊びにくる親戚のおじさん」
のように思っていたそうです。
テレビの人だ!と意気込んでいたのではなく、
親戚のおじさんがそこにいる、という感覚。

主人公の知美さんは、誰かの気持ちに訴えたくて
夢に向かってきたのではありません。
ただ一生懸命に、自分の人生を生きているだけ。

◇

撮る側の時田監督も、伝えるために作るのではなく、
自分の夢“知美さんの夢に密着し、見届けること”のために、
彼女の生活の要所要所を、「捉え」「記録して」きた。

それを、“誰かの力になるのなら”と、まとめ上げた。

◇

メッセージありきの作品ではなく、
“とある人間の姿に魅せられて”、とあるテレビマンが
『この姿はすごい』と思ったから、映画になった。

お芝居ではない。

現実にひとりの女性が今を生きる姿。
この姿が、私たちを強く励まし、揺さぶります。




---時田美昭監督からのメッセージ


「今回の試写会には、北海道から参加して
 くださった方もいらっしゃいました。
 嬉しい限りですね。
 この映画を見て、畜産獣医になりたい人が
 少しでも増えてくれたら。

 実は、最初に“牛の卒業式”を取材してから、
 学校が廃校になって、4年間ほど、
 取材のブランク期間があったんですよ。
 獣医になりたい、って彼女の夢は知っていた。
 でも当時は、子どもの夢だな、と流してしまっていた。
 
 だけど、高校生になった彼女が、
 下宿をしてまで遠い進学校に通って、
 「3年間はテレビを見ない」って、
 夢のために真剣に取り組む姿を知って。

 私は、彼女の夢を真剣に受け止めていなかった。
 テレビマンとして、自分を恥ずかしいと思いました。

 それからの私の夢は、
 「彼女の夢に密着し、見届けること」。

 実は、知美さんが獣医になった、夢を叶えた時に、
 「ズームイン!!SUPER」でそれまでの取材内容を、
 放送したんです。想像以上に反響が大きくて。

 その後、東日本大震災が起きて、新潟県にも
 多くの方が避難されてきました。
 
 何もかも失ってしまった人だっているかもしれない。
 それでも、もしかしたら、知美さんの姿を見たら、
 もう一度、夢や希望を持つことができるかもしれない。

 東日本大震災を経験した家族・そして子どもたちに、
 もう一度、いや、新しい『夢は牛のお医者さん』を
 見てもらいたいと思った。
 
 全国の人に見てほしい。
 だけど、TeNYは新潟のテレビ局です。

 だから、テレビ番組ではなく映画にしたかった。
 当然、社内からは「無理だ」という声もありました。
 でも、私は知美さんの生き方を見続ける中で、
 「はなから諦めるのではなく、挑戦する」ことが
 大事だということを、彼女自身から教わってきました。

 結婚して、子育てをしながら家畜の獣医を続ける
 「今」の知美さんを通して、
 「夢の続き」だけでなく、「家族・故郷・仕事の喜びと現実」を
 加えた26年間を描こう。

 誰にも愛されるプロの獣医になった知美さんの姿・・・
 彼女の生き方が、私の背中を押してくれたからこそ、
 この映画は完成しました。
 私の新たな「夢」が、ここに実りました。」




----最後に。



徳光さんは、今回のイベントの〆に、
こんな川柳を詠んでくださいました。


“よろこびの なみだも 別れ なみだかな”


知美さんが、獣医になれた時の喜びの涙。
親に迷惑をかけたくないと1本勝負で受験した
大学受験に合格した時の喜びの涙。

すべての始まりは、小学3年生の時に経験した、
「牛の卒業式」で流した別れの涙でした。

なんて素敵な川柳なんでしょうか。

ちなみに、時田監督も26年前の「牛の卒業式」で見た
小学生のみなさんの涙に、
『こんなに綺麗な涙、見たことがない。』とコメントされています。

もちろん、映画を見ている徳光さんの目からも、
光るものが流れていたのは言うまでもないお話・・・(^^)☆


◇◇◇

最後に、主人公・知美さんからのメッセージ。


「獣医として、自分はまだまだです。
 はじめに映画化のお話を聞いたときは、
 驚きました。

 でも、時田監督の気持ちに共感し、
 また、ひとりでも多くの人の心が、
 温かくなるのであればと思い、
 映画のお話をお受けいたしました。

 ひとりでも多くの方の心が、
 温かくなればと思っております。」


◇◇◇


何度も言うようですが、知美さんは普通の「一般人」です。
くれぐれも、映画に関しての取材やご感想は、
まず、テレビ新潟事業局企画開発部へ!
(TEL (025)283-8140(月~金9:30~18:00))


映画『夢は牛のお医者さん』。
新潟発の、素敵な映画がまたひとつ公開されました。

公開が楽しみ!
劇場にて、ぜひご覧ください~(^^)!!!



◇映画「夢は牛のお医者さん」公式HP◇
https://www.teny.co.jp/yumeushi/

2014年3月20日木曜日

NICOビジネスマッチング「あたらしい息吹」が開催されました。

3月19日(水)、ネスパス3Fにて
新潟企業のプレゼンテーション&ビジネスマッチング
「にいがたからの新しい息吹」が行われました!
(主催:にいがた産業創造機構)



今回、商品や事業について説明してくださった
新潟の企業さんは、

・こめ印化粧品(株式会社美SYNDICATE)
・越後かに米こしひかり(株式会社花の米)
・Prairie−ぷれり−(hana*kiku)
・胎内高原ビール(新潟ビール醸造株式会社)
・たがいにプロジェクト(したまちオフィス)

の5団体!

東京のバイヤーさんやマスコミ関係者さんに向けて、
商品や事業、今後の展望などをお話しいただきました。


・こめ印化粧品(株式会社美SYNDICATE)




新潟県でも美魔女で有名な、
株式会社美SYNDICATE 代表取締役 斎藤和美さん。

◆こめ印化粧品◆
http://comecosme.jp/

新潟の女性は肌が白くて、肌が綺麗な美人が多いと言われます。

この「こめ印化粧品」は、そんな新潟の食の王様、
「お米」の保湿成分や保水力に着目して開発された
新潟らしい化粧品。

「成分は玄米のもみがら部分から抽出しています。
 “ご当地コスメ”として展開したいと思っており、
 県内のお土産屋さんを中心に、ネット通販も行っています。
 女性だけでなく、男性からのリピーターも多いのが特徴。
 海外への展開もできたらいいなと考えています。」




・越後かに米こしひかり(株式会社花の米)


◆株式会社 花の米◆
http://kanimai.jp/

肥料にカニの殻を使った新商品「かに米」や、
旅館や料亭などからも人気の看板商品「花の米」などを、
稲に負担の少ない「への字農法」でおいしいお米を作る
株式会社花の米 代表取締役 黒川義治さん。


「私のところは、“への字農法”でお米を作っています。
 田んぼを作るのに、最初に肥料をたくさんやった方が
 楽で効率がいいんです。植えた後から肥料をやるのは、
 結構大変だから。

 でも、稲の成長も人間の成長も同じ。
 赤ちゃんの頃はあんまり食べれない。
 成長期にたくさん食べて、大きくなる。

 植える前に肥料をたくさんやって田んぼを作ることは、
 赤ちゃんのときに一番大量にごはんを食べさせて、
 成長期に栄養が少なくなってしまうのと同じ。

 成長に添った栄養バランスを考えて、
 正しいタイミングで肥料を与えることで、
 手間がかかっても美味しいお米を提供したい。」






・Prairie−ぷれり−(hana*kiku)


上古町でハーブティーやアロマ商品を開発・展開されている
hana*kiku 代表 菊池展世さん。

◆hana*kiku◆
http://hanakiku-aroma.com/

新潟産の和ハーブをブレンドしたハーブティーなど、
地域に根付いた商品展開も魅力です。

「香料のついているハーブティーは美味しいけど、
 最近は健康志向や本物志向が高まってきて、
 香料なしのハーブティーを、まず自分が飲んでみたいと思って。
 でも、やっぱり美味しくなかった。
 試行錯誤する中でブレンド比率を見つけて、
 ハーブの風味を最大限こわしたくないから、
 手作業でパック詰めまでしています。

 完全オリジナルブレンドに対応しているので、
 〇〇カフェオリジナル、という、お店のニーズに
 合わせた商品開発もできます。

 今後は、ギフトとしての展開を強くできたらと考えています。
 ウェディングギフトや、今は日本茶が主流ですが、
 ご長寿ギフトとしても展開していけたら。

 サッカー選手がアロマを活用して疲労回復をした例など、
 アロマ・ハーブの薬理効果に注目が集まっています。
 香りの業界は、今後の展開次第できっとおもしろくなる。」




・胎内高原ビール(新潟ビール醸造株式会社)


平成11年~胎内市が運営していた胎内ビール園を、
平成25年に民営化というかたちで受け継いだ、
新潟ビール醸造株式会社 代表取締役 福岡 潔 さん。

◆胎内高原ビール◆
http://www.tainaibeer.com/

「他との違いは、やっぱり「水」。
 胎内の奥の方には、全国的に希少な野鳥、
 アカショウビンの生息地もある。
 この鳥は清冽な水源がないと生息できない。
 このおいしい新潟の水で、本場ドイツで学んだ技と、
 こだわりの素材で作っています。

 地ビールのビジネスモデルとしては、
 付属のレストランでビールを消費するのが主流。 
 でも、冬の間、半年間も雪でほぼ閉鎖状態になってしまう
 胎内高原ではこれでは無理。
 近隣観光客へのアプローチや、新潟県のもっている良さを活かし、
 全国進出へと展開していく中で、ブランド力をつけていきたい。」




・たがいにプロジェクト(したまちオフィス株式会社)



地域活性化モデルであり、新潟ガールズ集団Lilly&Marry's代表、
そして、したみちオフィス株式会社 代表取締役でもある、
今井美穂さんから「たがいにProject」についてのご紹介。

◆たがいにproject◆
http://shitamichi.wix.com/tagaini

「にいがたを逆に読むと、たがいに。

 たがいにプロジェクトは、復興支援、地域活性化、ビジネス、
 3つ全て含めて「たがいに」を実践し、誰かが困っていたら
 みんながたがいに作用するためのプロジェクト。

 東日本大震災の次の日に立ち上がって、
 岩手県大船渡への定期的支援物資の供給からスタート。
 やることが決まっていて、やるんじゃなくて、
 たがいに何をやるか考えるところからはじめます。

 ここから「たがいにみやぎ」という、仙台での活動をはじめ、
 全国に「たがいに」の団体が自然発生的に広がっていった。
 新潟では、“たがいに SAKE project”~飲んで復興支援、
 というような、各地域や団体の特性に添った、
 それぞれの取り組みをしています。」



ちなみに今井さんは、今回のイベントの司会進行も兼任。
ありがとうございました!!


◆◆◆

会場からは、新潟らしくお酒とコラボしてみるのはどうか?や、今後の具体的な消費の可能性は?など、プロの目線からのアドバイスやご意見、ご質問などが積極的に交わされ、終了後はネスパス地下1Fレストランで更なる親睦を高める交流会へ!


にいがたからの新しい息吹は、これからどんな風に伸びていくのでしょうか?
楽しみにしています(^^)!!!